2006年05月14日

■DUST TO GLORY

 先日、『ウィリー松浦さん』からお誘いをうけて・・・『DUST TO GLORY』の試写会に
行ってきた。Baja1000のドキュメンタリー映画
各所は、十数回もBAJAに参戦している『ウィリー松浦さん』の解説入り・・
最高のシュチエーションで映画を見ることができた・・・
 やばいくらい最高でした。何が最高って・・そりゃもう、すべてが最高
Bajaに参戦している『老若男女』、かつてBajaを走った老人のコメント
関係者のコメント・・・・歴史の短いアメリカの人が(走るのはメキシコだが)
味わい深く語る、親子・孫の三代にわたる家族の歴史、夫婦の会話・・・
『DUST TO GLORY』・・・『砂塵の向うに栄光が・・』とでも訳せばよいのか
参加者、関係者すべての人に、それぞれのゴールがある。・・なんて事を
教えてくれる映画でした。
 見終わった後、ウィリー松浦さんが・・ぽつんとひとこと!!
『ここを1人で走りきると・・・この先何が起きても平気だって気持ちになるだよ』
って言ってた!!すごいな~極めている人は・・・
さらに・・『でも、夜はサボテンが大きなお化けに見えてとても怖いんだよ』
ん~・・本当に怖そうだった!!
 『Bajaを走るのはやはり夢ですね』・・絶対にいつかBAJAを走ってみたいな~
いつになるんだろう『走れる技量』と『気持ちの余裕』ができるのは・・・
今年も無理っぽいです・・・まだまだすべてが足らない気がします。
・・でもいつか・・絶対走りたい。
そんな闘志が沸いてきた映画でした。

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コメント

http://www.bajabrothers.com/Kurz.mpg
コレ、カッコイイすよ。
フォームも良い感じですね。

先日はお世話様でした!

映画、よかったですね~!!

BAJAに十数回出場したことがある自分でも、ライダーの気持ちをしっかりととら
えている映画だな~と感じました。

自分が始めてBAJAに出たことを脈々と思い出しました。

自分は当時のBAJAチャレンジカップの年間チャンピオンとなり、招待となったも
のの、初めての招待選手&初出場のBAJAという事となり、サポート隊も不慣れか
つ、相棒はすぐに怪我。

結局1600キロを、お情けで他のピットからガソリンを分けてもらいながら、一人
でゴールに向かいました。

若い頃だったので、スピードはあるものの、目測を誤ること多数。さらに3回ほ
どの大転倒。いや、、痛かった。笑

しかし走れど走れど誰にも会わず、広大な大地の中でちっぽけで、しかし、もの
すごい気持ちよさ。「もしかして、自分はさっきの転倒ですでに死んでいて、ひょっ
とするとオレは天国を走っているんじゃないのか?」と思ったくらいでした。笑

夜になると寒さと孤独感を、荒れた路面を走るバランスを採る感覚で、一時恐さ
を忘れるものの、また現実に引き戻され。。。というカンジです。

ゴールする事だけが、生き残る方法だという事が自分でもわかっていました。

手と尻の皮がむけ、プロテクターはバラバラになり、体にぶら下がっているだけ、、
というボロボロの風体でした。

当時 オレは自分で言うのもなんですが、女の子にモテモテの時代(!?笑)では
ありましたが、しかしながら、そんなことはどうでもよくちっぽけに思え、今こ
うして苦しみながら走っていても自分は本当に本当にバイクが好きなんだな~
・・・という強烈な思いに駆られました。

ゴールを目指しながら口ずさんだ歌は、何故か美空ひばりさんの「柔」でした。

もっともっとテンコ盛りにいろんな出来事があったんですけど、何とか明け方の
ラパスにゴールできました。

サポート隊と怪我人は、オレのゴール後一時間して到着でした。(笑)

自分が本当にBAJAが好きだと確認できた日です。

それから自分は、どんなことがあっても走りきるライダーに成長しました。そし
て、来年も来年もずーっとBAJAに行くぞ!という気持ちとなり、それから何回も
行く事となりました。

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